沖縄の神歌コーパス構築について

Salvatore

沖縄の神歌コーパス構築について

去年はODJLの紹介をやりましたが、今回もツールの紹介になります。最近のプロジェクトを紹介します。タイトルとおり、沖縄の伝統行事で、沖縄語で謡われる神歌のオンラインコーパスを作ろうとしています。このプロジェクトは8月に獲得した科研費で進めていて、始まったばかりです。

まず背景です。

琉球列島では琉球王国時代(1429-1879年)までさかのぼる伝統行事が行われています。その伝統行事では,琉球列島で話されている琉球諸語による「神歌」が謡われます。一つの例として、沖縄県伊平屋・伊是名で豊作・豊魚を祈願するため謡われる「テルコグチ」(表記法によって「ティルクグチ」)があります。「テルコグチ」の一部を、例として(1)にあげている。

歌詞と翻訳は外間・玉城(1980)にあったものです。

(1)

はしぬくゎやてぃらやり/ うくぬくゎやちちやり/ てぃだがなしわんやり/ おくがなしちちやり初の子は太陽である / 奥の子は月である / 太陽の神様は私である/ 妻の神様は月である

琉球列島の言語は急激な消滅の危機に晒されていることはよく知られていますが、言語とともに、地域の伝統行事でも継承の問題が生じています(カーズ 2021)。私が調査を行っている伊平屋島では、一つの問題として、方言話者でも神歌の言語が理解できないこともあると実際聞いたことがあります。つまり、琉球では言語だけでなく、文化も失われてしまうリスクもあります。最近、琉球諸島の言語については記述が進んできており、言語を記録・保存するために必須の文法書、テキスト、辞書の作成が行われてきた。一方で,近年の琉球諸語の記述研究・ドキュメンテーション作成では,言語と文化との両方を視野に入れた研究は、私が観察した限りでは、あまり行われていません。文化が言語とともに危機にあるときは、伝統行事の歌なども記述の対象とすべきだと指摘されています(Hill 2006)。が、琉球諸語の記述研究では会話、モノローグ、昔話が頻繁に使用される一方で、伝統行事の神歌を言語資源として使用した研究は見当たりません(書き言葉としての沖縄語は、琉球王府によって1672年に編纂された神歌謡集である『おもろさうし』に関しては一定量の研究が存在する(例えばSerafim, Shinzato 2021)。沖繩民謡では語彙を中心に西岡(2015)、琉歌に関して西岡(2014)の研究があるが、おもろさうしなどに含まれていない、琉球列島各地域で謡われる神歌は、まだ言語学的研究の対象にはなっていない。)。そして、言語学的研究の対象になったおもろさうしや民謡の場合でも、コーパスされ、公開されているものはない。

その状況の中で、沖縄諸島の神歌コーパスを作ることにしました。コーパスは、前に作った辞書と同じ、オンライン資源として公開します。伊平屋島を出発点にして、沖縄諸島で、沖縄語による歌を対象にしますが、将来的に琉球列島全体に拡大できればと思います(そこで、各地域の専門家、協力してください!)。コーパスには、神歌の沖縄語テキストにグロスを付与して、検索可能なものとして公開します。次はどんなものを公開していくのか、見せます。

現在、業者にウエブツールを開発してもらっているところですが、サンプルの画像でどんなふうになるのか、紹介します。これはまだ開発中の段階のものです。図1でテキストのページを紹介します。各神歌は地域別で整理されています。字単位まで分類しています。

歌名の下に、いつ、どんな行事で謡われるという情報を載せます。できれば音声も載せます。音声は、全体と部分再生可能です。グロスは翻訳を含めて6段で、標示はオフにできるようにします。かな、音素、形態素分析、グロスと翻訳の行以外、翻訳単位という行も載せます。これは言語学専門以外のユーザー向けです。*のところには、補足情報が付与されているように設定されていて、脚注として参照できるところです。これは翻訳するのが難しい、伝統文化と強い関係を持つ語彙の解釈に活かせます。

コーパスはもちろん、検索可能なものとします。以下は検索のページです。歌で検索したい対象(カナテキスト、グロスなど)が選べます。地域などで絞って検索できます。正規表現も使えるようになります。検索結果にクリックすると、全体のテキストに飛べます。今の結果の場合、前の画像のページにいきます。

テキストにはかな表記が含まれています。神歌はカナ表記で記録されていますが、正書法が確定していないため、表記にゆれが多く見られます。例えば、現代沖縄語で[i]で発音されるものが/e/(例えば「テ」)と表記されたり、あるいは長母音として発話される(/kwaa/「子ども」)にも関わらず長母音記号が付されていなかったり(くぁ)といった例があります。このプロジェクトでは、近年の研究で進められている琉球諸語のための表記法を参考にし、当該方言により合うひらがな表記を提供する試みもします。わかりやすい表記のテキストを地域のコミュニティに提供し、言語とともに危険とされる神歌の継承そのものにも役立てる役割もあります。

これまで言語資源として活用されてこなかった神歌を活用することによって、言語接触、歴史言語学,言語人類学などの諸分野に貢献できます。例えば、神歌では琉球で権威の高い首里方言が使われることは多いですが、神歌が謡われる地域の方言はどのように現れるのか、または現代語で失われた言語的特徴がどんなものがあるのか、そして一般的な言語調査で現れない民俗語彙にはどんなものが使われるかなど、言語接触、歴史言語学、言語人類学などかかわる多くの課題があります。このコーパスを作ることによって、消滅の危機にある沖縄語の記録に必要な言語資源を集成すると同時に、琉球諸語の研究を促し、言語とともに危機にある神歌の継承そのものに役立つと幸いです。さらに、琉球列島だけでなく、いわゆる日本の本土方言が使用される日本の伝統行事などで謡われる歌の言語資源としての活用を促す可能性もある。また、現在十分進められていない、言語学、民俗学、文芸研究などという学際的研究が進むきっかけにもなれると期待しています。

参考文献

カーズ・バーバラ(2021)「祭祀の変容と継承問題 : 伊平屋島字田名のウンジャミとシヌグを事例に」『沖縄文化研究』48号,261-301. 外間守善・玉城政美(1980)『南島歌謡大成1沖繩編』角川書店. / Hill H. Jane (2006) “Writing culture in grammar in the Americanist tradition” in Felix K. Ameka, Alan Dench and Nicholas Evans (eds.) Catching language – The Standing Challenge of Grammar Writing. De Gruyter./ Serafim A. Leon ,  Shinzato Rumiko (2021) The Language of the Old-Okinawan Omoro Soshi: Reference Grammar, With Textual Selections. Brill./  西岡敏(2014)沖縄国際大学日本語日本文学研究 19 (2), 1-23./  西岡(2014)「琉歌の句末にくるラ変動詞融合のi語尾について―ui語尾を中心に」沖縄文化 116, 233-248./  西岡敏(2015)沖縄国際大学日本語日本文学研究 19 (2), 1-23./ 西岡敏(2014)「琉歌の句末にくるラ変動詞融合のi語尾について―ui語尾を中心に」